2003-10-19 up
兄弟の運命を分けたもの
| 第二部になりまして、ボロミアの弟ファラミアが映画にも登場して参りました。原作では、フロドたちを捕まえて指輪に気づいても、賢明にも手を出さなかったいい人なのですが、映画では、そうは簡単に問屋がおろしませんでしたね。見ていてはらはらしたのはFOTR本ですでにファラミアを書いてしまった私だけではないはずです（笑） この映画のファラミア像についてはいろいろいわれておりますが、私は、これもありうるかな、と思っております。原作でも、ファラミアは父親のデネソールに似ていると評されているので、それなら映画の冷静沈着で切れ者っぽい対応の方が、ありえそうなことに思えるんですね。あの可憐なフロドにお願いされても動じないなんて、ある意味貴重なキャラクターです。（フロドのことになると暴走するあのアラゴルンの補佐役にはもってこいかもしれないな、いや、その） しかしそれでも、ボロミアは指輪を奪おうとしたことで結果的に命を落とし、ファラミアは指輪を拒んだことによって命を長らえました。原作では、このゴンドール執政家の兄弟が辿った運命の差を、兄弟の性格の差に帰していたのですが、映画では少し異なるように思います。そもそもボロミアの描き方が原作と違いましたからねえ。映画の場合、性格としてならむしろボロミアの方が善人で、ファラミアの方が悪人……とはいわないが、賢い分だけ裏を読む性格に描かれているような気がします。 では何が、映画の兄弟の運命を分けたのでしょうか。それは、彼らが背負ってきたものと、見たものが異なっていたからではないでしょうか。 ボロミアが指輪を身近に感じながら旅をしていた頃、指輪はまだ、その所持者であるフロドに邪悪な影響をさほど及ぼしてはいませんでした。指輪の真の恐ろしさを見ることがなかったボロミアは、指輪を単純に強力な武器として考え、自らの手でゴンドールに持ち帰ろうとします。自らの手で持ち帰ろうとしたという点が重要です。それはなぜか。 それは、彼が執政家の長男、跡取りとして生まれ育ち、自分がいずれゴンドールを背負って立たねばならないことをいやというほど自覚していたからなのです。映画では随所にボロミアのゴンドールへの思い、危機感、そこの人々への愛情と責任感が描かれています。（この点、自分の血筋からの逃げが入っているアラゴルンと好対照）自分の肩にゴンドールの存続がかかっていると思っていたからこそ、彼は指輪を自分のものにしようとしたのです。しかし、その責任感が仇となってボロミアは指輪につけこまれ、自分自身で指輪の邪悪さ、その真の恐ろしさを思い知らされることになり、 そして命を落とします。そんな彼にとっての唯一の救いは、その最期の瞬間に、自らに代わってゴンドールを託す者を見いだし得たことでしょう。（だからこそ、死に際のボロミアがアラゴルンに向かっていった台詞：Then you did what I could not＝「ではあなたはわたしが成せなかったこと（＝指輪を拒むこと）を成したのだ」は訳して欲しかった。ボロミアがアラゴルンを王として認めたのはこの瞬間だと私は確信しています。そしてアラゴルンが誓うのは、血にではなくてボロミアに、でなくてはならないのです） 一方、ファラミアも、指輪の存在に気づき、最初は兄と同じように冥王に対抗する強力な武器と考えます。しかし彼はそれを自分のものにしようとはしませんでした。ゴンドールに持ち帰ろうとはしますが、父に渡そうとするのです。「父上に引き渡せ、ファラミアからの貴重な贈り物だと」と。それはなぜか。 それは、彼が次男に生まれ、父や兄を補佐する者として育てられてきたからではないでしょうか。また、父親のデネソールがボロミアを愛し、自分と似ているファラミアをあまりかわいがらなかったことにも遠因がありそうです。そして、指輪を自分のものにしようとしなかったことが、結果として指輪の誘惑からファラミアを救うことになります。 さらに、ファラミアは指輪の真の恐ろしさを自ら経験して破滅する前に、フロドという他者の姿を通して見ることができたのです。ファラミアが出会ったとき、指輪はすでにかなりの影響をフロドに及ぼしていたのですから。 原作では、最初裂け谷へ旅するはずだったのはファラミアの方であったのに、ボロミアが自ら希望して裂け谷に向かった、という記述があります。もしも、ファラミアが裂け谷に行っていたら、この兄弟の運命は逆になっていたのかも知れませんし、指輪の運命も大いに異なることになっていたかも知れません。 しかし、それが彼らにとって幸福かどうかはわかりません。父親の偏愛にもかかわらずこの兄弟は仲が良かったのです。メリーとピピンの剣の相手をするボロミアに、弟をかわいがるお兄ちゃんの姿が見えますし、ずっと冷静で、フロドにどう懇願されても動じなかったファラミアが、初めて動揺を示すのはサムのあの一言なのですから。「指輪が、あなたの兄上を狂わせてしまったんだ」 さて、第三部に向けてのファラミアに関する心配は、お父さんとの間に展開されること間違いなしの親子喧嘩と、無事にお嫁さんをもらえるかどうかですね。いやほんとに、お父さんの不興を買って、自暴自棄になって死にに行かなきゃいいんですけど…… |