その頃、駿府城では
第二十二回「裁定」の裏話。佐助が昌幸親父と師匠から無茶ぶりされているその頃、徳川さん家では。
（遠くから地響き）
正信：何事でございましょう？
家康：さて。いや、あれはおそらく。
忠勝：（声のみ）殿〜！！
正信：平八郎殿ですな。
家康：そういえば、このところ静かだったのは、あやつが駿府にいなかったからか。
正信：嫁いだ娘が心配で、三日とあけず上田に通っておるそうでございます。
家康：（頭を抱える）……それでは、安房守が用心するだけではないか。
正信：一応、真田の動きを見に行くという名目はたちまするが。
家康：(溜息）あの平八郎が、そういう意味で役に立つと思うか。
正信：思いませぬ。
家康：まったく……稲を嫁がせた意味がないではないか。
忠勝：（部屋に飛び込んでくる）殿！
家康：なんじゃ、平八郎。騒々しい。
忠勝：（ドスンと座って平伏）殿、この平八郎、改めて殿に感服つかまつりました！
家康：（きょとん）一体何の話じゃ。
忠勝：よくぞ、我が娘の婿に、あの、真田の跡取りを選んで下さいました。平八郎、恐れ入りましてございまする！
家康：（？？？）……何があったんじゃ？
忠勝：（顔を上げて）いや、あれは見所がございまするぞ。それがし、気に入り申した！（満面の笑み）
家康：さっぱり話がみえん。
正信：平八郎殿。いったいどうされたのでございます。
忠勝：実はそれがし、稲の顔を見に上田に行っておりましてな。
家康：それは知っておるわ。
忠勝：そこに、北条が名胡桃城を攻め取った、という報せが飛び込んで参りまして。
家康：なに！
正信：なんですと。
家康：まことか平八郎。
忠勝：まことにございます。名胡桃城代は自害。真田は即日、軍勢を支度して、上野の残る城を固めており申す。
家康：それを先にいわんか！ これはえらいことになるぞ。
正信：さようで。
家康：やっと真田に替地を引き渡して、これで収まったか、北条も上洛してくれるか、と思っておった矢先に。なんということをしでかしてくれたのだ、北条は。
正信：まことに。
忠勝：？？ 続けても、よろしゅうございまするか？
家康：あ、ああ。
忠勝：これは我が娘の嫁ぎ先の一大事、それがし、軍議に参りまして助太刀を申し出たのでござる。百の兵をお貸し下されば、先頭に立って名胡桃を奪い返してくれる、と。
家康：（卒倒寸前）平八郎−！！
正信：（なんということをー！）
忠勝：したが、婿殿に一喝されましてな。
家康：なに？
忠勝：『なぜこの場におられる。稲の顔を見に来られたのなら稲のところに行かれませ。ここは真田の軍議の場でござる。貴方様は徳川のご家来。速やかにお戻り願いたい！』と。
家康：…………（戦をやる気満々の、こいつを一喝したのか）
忠勝：（呵々大笑）いや、全く一言もござらなんだ。あれはたいした者でござる。殿、それがし改めて、殿のご慧眼に感服つかまつりました。
家康：……さようか。ならば少しは安心して、駿府におってくれ。これから、
忠勝：さようで？（ぎょろり）
正信：関白殿下と北条の出方次第ではございますが。
忠勝：小田原攻めでござるか？
正信：まだ戦になると決まったわけではござりませぬが、支度はしておかねばなりますまい、平八郎殿。
忠勝：相わかった！ ではこれにて失礼つかまつる！（去る）
正信：（忠勝の足音が消えてから、おもむろに）真田の婿殿に、感謝せねばなりますまいな。
家康：（頭痛をこらえながら）ああ。よくぞ平八郎を止めてくれたものじゃ。あやつが名胡桃に突撃していたら、わしまで関白に言いわけをせねばならぬところだったわ。
正信：平八郎殿のいいようですと、真田はどうやら上野の城を固めるのみで、名胡桃奪還に兵を動かしてはいないようす。これは。
家康：……わかっておるのよ。あの婿殿は。無断で兵を動かしては関白に咎められる、と。
正信：安房守がおりましたら、兵を動かしていたでしょうな。
家康：それはどうかな。婿殿が止めたのではないか。あの平八郎を止める婿殿だぞ。まったく、北条の親子に、爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいわ。
正信：安房守は、まこと息子には恵まれておりますな。上方にいる弟の方も、江雪斎殿を相手に健闘しておりましたし。関白の覚えもよいようで。
家康：うらやましい。わしなんぞ、あと十年は一人で頑張らねばならぬというのに。ひとりくらいよこせ。
正信：（微笑）ま、そこはいずれ。いまは、殿のもう一人の婿殿の方が問題でございます。
家康：北条か。関白がやる気になったら、もうわしにもどうにもならんぞ。
正信：名胡桃の件、関白に知らせておきましょうか。
家康：すでに婿殿とその弟が、安房守に報告させていると思うがな。一応、こちらからも知らせておいてくれ。
正信：かしこまりました。では。（去る）
家康：……あの平八郎相手に、『真田の軍議の場ゆえ、徳川の手出しは無用』か……これは、稲には、これまでとは別の意味ではたらいてもらったほうがよいな。
第二十三回では弟君に目をつけてこき使っている家康ですが、今後の史実の展開からしてお兄ちゃんにも目をつけてるよな……と。そしてそのきっかけのひとつはおそらく名胡桃事件での的確な対応。史実では即刻家康に報告しているお兄ちゃんですが、ドラマでは忠勝を使ったのかも。